膵臓癌は早期発見が難しいため、多くの場合で手術が行えず、抗がん剤治療が選択されます。抗がん剤で完治を目指すことは困難ですが、癌を小さくしたり、進行を遅らせたり、痛みを軽減してQOLを向上させる効果が期待できます。
抗がん剤治療とは、抗がん剤を点滴や内服で投与し、血液を巡って全身に運ばれた抗がん剤が癌細胞を攻撃し破壊するもので、化学療法とも呼ばれます。手術や放射線治療は限られた部位に対しての治療であるのに対し、抗がん剤治療の対象は全身に及びます。
多くの抗がん剤のメカニズムは、細胞が分裂する際のDNAの合成を妨げるものです。がん細胞は通常の細胞よりも頻繁に細胞分裂を繰り返すため、がん細胞の分裂を妨げて細胞増殖を抑える働きがあります。
しかしながら、がん細胞だけをターゲットにしていないため、少なからず通常の細胞にも影響を与えてしまい、その結果副作用が発生します。現在のところ、抗がん剤だけで治療ができる癌はごく一部にすぎず、膵臓癌は抗がん剤が効きにくい癌の1つです。
ただし、効果が現れにくいといっても生存率を伸ばす事は可能で、治療法も年々確立されています。
膵臓癌は進行が早い上に発見されにくい癌です。そのため、発見された時にはすでに癌がかなり進行しており、手術が行えないケースが少なくありません。
大血管への浸潤、高度なリンパ節転移、肺や肝臓への遠隔転移が認められるステージWa、Wbの膵臓癌では手術による切除が難しく、その場合は抗がん剤治療や放射線治療が中心に行われます。
手術ができた場合でも、再発してしまった場合には抗がん剤治療が行われます。再発してしまった癌は再手術が困難なケースがほとんどです。また、癌の摘出手術で取り残してしまう目に見えない小さな癌が大きくなって再発するのを予防したり、転移がないが局所的に浸潤が強い場合には、根治を目指して治療を行うことがあります。
膵臓癌は抗がん剤だけで完治を目指すことは困難ですが、癌が小さくなったり、大きくなるスピードを抑えたりする効果は多く報告されています。
その効果によって痛みやさまざまな症状が軽減し、QOLの改善にもつながっています。また、まれに癌が小さくなって手術による切除が可能になることもあります。
膵臓癌に対する抗がん剤治療は年々進歩を遂げており、以前に比べれば抗がん剤の選択肢が広がったほか、投与方法や組み合わせなど治療法は格段に進歩しています。
1990年頃まではフルオロウラシルしか抗がん剤の選択肢がありませんでしたが、決して治療効果がよいと言えるものではありませんでした。2000年近くになってゲムシタビン(商品名:ジェムザールなど)が開発され、フルオロウラシルに比べて格段に治療効果が高いことが確認されてからは、ゲムシタビンが膵臓癌の標準選択薬となりました。
その後、日本においてエスワンと呼ばれる抗がん剤が開発され、ゲムシタビンに劣らないか、それを上回る治療効果が確認されています。また、より高い治療効果を狙って抗がん剤を組み合わせて使用する多剤併用の治療法も開発されています。
ゲムシタビンに分子標的治療薬のエルロチニブ(商品名:タルセバ)を組み合わせる治療法のほか、2013年にはFOLFIRINOX療法が、2014年にはゲムシタビン+ナブパクリタキセルが日本で承認されています。
そのため、現在の膵臓癌に対する抗がん剤治療は、@ゲムシタビン単独、Aエスワン単独、Bゲムシタビン+エルロチニブ、CFOLFIRINOX療法、Dゲムシタビン+ナブパクリタキセルの5つから選択することになります。
@ 抗がん剤治療の方針を判断する
抗がん剤治療は身体的にも体力的にも影響を与えるため、患者の全身状態が良好かどうか、心臓や肝臓などの主要な臓器の機能レベルが一定以上に保たれているかを評価し、体力面も含めて抗がん剤治療が行えるかどうか、投与する最適な薬剤の種類は何かなどを判断します。
通常、抗がん剤治療は自力での歩行が可能な全身状態の患者に対して行い、日中の半分以上をベッドや椅子で過ごさなければならないほどの場合には、抗がん剤治療よりも緩和治療が勧められます。
患者は医師から投与スケジュールや副作用のリスクについて十分な説明を受け、医師と患者で治療法を決めます。
A 抗がん剤の投与開始
治療方針が決まれば抗がん剤の投与が始まります。抗がん剤は内服と点滴のものがあるため、投与する薬剤によって外来か入院で行うことになります。抗がん剤は副作用を伴うため、初回投与だけは入院で行い、問題がなければ外来に切り替える場合もあります。
最近では初回から外来で始める病院が増えており、入院での投与も副作用の程度が許容範囲内であれば、入院期間は数日間となります。
B 治療効果の確認
副作用による投与の途中中断がない場合、数クールの投与を行ったのちに、どれくらい治療効果があったかの評価を行います。病状や癌の状態、抗がん剤との相性によって治療効果に差が現れるため、投与後に治療効果を評価することはとても大切なことです。
評価は通常2ヵ月ごとに実施し、腫瘍マーカーの測定や、CT検査による腫瘍の大きさの比較を行います。基本的には腫瘍が治療前よりも増大したり、新たな腫瘍が発生していなければ治療効果があったと判定します。
C 投与の継続または変更
抗がん剤による治療効果が認められ、副作用も許容範囲内であれば、抗がん剤の投与は継続します。治療効果は認められるが、副作用が許容範囲を超える場合は、いったん休薬したり、投与量を減らして継続することがあります。
治療効果が確認できない場合や、最初は効果があったものの、耐性によって治療効果がなくなった場合は、投与する薬剤の変更を検討することになります。
抗がん剤と聞くと、やはり心配なのは副作用です。抗がん剤のメカニズムからもわかるように、抗がん剤はがん細胞だけをターゲットとしていないため、通常の細胞にも影響を与えてしまいます。
副作用として代表的なものに、吐き気、嘔吐、下痢、食欲不振、口内炎など消化器に関連した副作用のほか、皮膚の色素沈着、しびれなどの神経障害、脱毛などがあります。
また、骨髄では造血細胞から赤血球や白血球、血小板などが造られていますが、この造血細胞が破壊されることで血液細胞が減少し、免疫力低下や貧血、出血を起こす事もあります。消化器系の副作用は自覚症状がはっきりしている反面、骨髄抑制による副作用は自覚症状が出にくい副作用と言えます。
肝臓や腎臓に障害がある場合、抗がん剤の代謝や排泄が悪くなり、血中濃度が高くなるために副作用症状が強く現れる事があります。そのため、患者の腎機能や肝機能が低下している場合は、通常よりも抗がん剤の使用量を少なくするなど配慮が必要となります。
副作用は投与量を少なくしたり、中止したりすると多くの場合で回復しますが、間質性肺炎という呼吸器疾患を発症した場合は投与を中止しても回復せず、逆に重症化する場合があります。間質性肺炎は肺の細胞が障害を受けて発症するもので、息切れや空咳、発熱などの症状が現れます。
抗がん剤は癌細胞に対する高い治療効果が求められる反面、副作用をできるだけ少なくする必要があります。このように治療効果と副作用が背中合わせなのが抗がん剤ですが、最近では新薬や治療法の開発によって副作用は格段に少なくなってきています。
また、副作用を抑える薬の開発も進んでいるほか、使用量や組み合わせなどを検討し、治療効果と安全性が最大化するような投与量や使用方法を臨床試験で検証しています。しかしながら、副作用があることには変わりありません。
医師から抗がん剤治療を進められた場合は、使用する抗がん剤の効果や使用する事による利点、副作用について十分な説明を受けるようにしましょう。そして、十分に自分が納得した上で治療を開始する事が大切です。
膵臓癌に対して初めて行う抗がん剤治療を一次化学療法と言います。一次化学療法を開始してから、投与している抗がん剤が癌に対して効果がなく悪化してしまったり、副作用が強くて治療を中断せざるを得ないこともあります。
抗がん剤を中止したのち、患者の状態を確認して再開する抗がん剤治療を二次化学療法と言います。二次化学療法は通常、一次化学療法で使用した抗がん剤とは異なる種類を選択します。
二次化学療法でどのように抗がん剤を投与するべきか、治療法はまだ確立されておらず様々な臨床試験が行われていますが、二次化学療法を行った方が行わない場合に比べて生存期間が延びる事はわかっています。
現在行われている一次化学療法を大きく分けると、ゲムシタビンを含む治療法と、フッ化ピリミジン系薬剤を含む治療法(FOLFIRINOX療法、エスワン療法)の2つがあります。
通常、二次化学療法は一次化学療法とは異なる抗がん剤を選択しますので、一次化学療法にゲムシタビンを選択したのであれば、二次化学療法はフッ化ピリミジン系薬剤を選択する、一次化学療法にフッ化ピリミジン系薬剤を選択した場合は、二次化学療法にゲムシタビンを選択するのが一般的です。